民放電波

民放ラジオ OLD MEMORY

 壊れたラジオ。
 ざりざりと砂が擦れる。
 言葉を拾えない、それは壊れたラジオ。

 単なる比喩だ。
 電脳の世界に電波は流れてこない。
 物理が存在しないんだから。
 だからラジオは単なる比喩だ。

 ラジオの形をした情報を拾い上げる。
 干渉するように調べてみると、声を上げた。

 「こんにちは。」

 ざりざりと砂が擦れる音の切れ間に聞こえる声。
 とても綺麗な、女性の声だ。

 「こんにちは。」

 誰に向けたのでもない、声。

 だけどそれは、僕に向けて、話しかけた。

 「こんにちは。」

 「こんにちは。」

 思わず返す。

 「わたしを、わすれないで。」

 それだけ言うと、声は消えた。
 後にはただ、ざりざりと砂が擦れるばかりである。

 死ぬ間際になって後悔は訪れる。
 未来が見えた瞬間に未来が不変である事を悟り、そして可変領域を求めて過去を見つめるからだ。
 この声の主が何を後悔したのかは知らないが、誰かに己の事を覚えておいて欲しいと望むだけの後悔はしたようだ。
 電脳世界には存在し得ないラジオは、そのまま声の主の思いの強さを意味する。
 現実世界である図書博物館に戻ってきた僕の掌には、しっかりとその重みが残されていた。



 「あら?」

 店の主である老婦人は訝しげに古びたポータブルラジオを手に取った。
 先刻までスイッチが入っていた筈のラジオが、急に音を出さなくなったのだ。
 最も、音とは言っても単なる砂嵐に過ぎない。
 それでも、毎年この日にはスイッチを入れて、チャンネルを合わせている。それはこの外部記憶装置への儀式みたいなものだった。

 「おかしいわね・・・壊れてしまったのかしら?」

 電池は今日入れたばかりだし、スイッチもONのままだ。
 それでも、何度チャンネルを変えても音はしなかった。
 完全に音が出なくなった事を確かめた老婦人は、ラジオから電池を抜いて、そっと元の棚に戻した。

 ラジオの隣には、螺旋の巻けないオルゴール。
 幼児の為の、動物の形をした木製のブロック。
 色あせした装丁が重い百科事典。
 赤いリボン。
 錆の浮いたヤジロベー。
 皹の入った陶製のマグカップ。
 時間を刻まない置時計。
 写真の入っていない写真立て。
 子供用の小さい革靴。
 そんなものが全ての棚に所狭しと並んでいる。
 店全体を見回しても、そんなものばかりだ。
 凹凸を作る本棚の本たち。
 一列に並ぶ靴は、サイズも用途も全く異なる。
 ハンガーにかけられた洋服しかり。
 溢れる程に物がひしめく中で、老婦人はそれらを一つ一つ見回していく。
 やがて納得がいったのか、店の外に出ると、扉の看板をひっくり返した。
 “OREN”から“CROSE”へ。

 そして今日も“牢記物店”は一日の仕事を終え、ゆっくりと眠りについた。


   了


3月3日は民放ラジオの日。

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